story0-3 ナイトメアの一味

力の差は歴然。いくら経験豊富な正男とはいえ、ナイトメアの圧倒的な闇には太刀打ちできなかった。クリスのサポートがなければ、間違いなく正男は死んでいただろう。そのクリスもナイトメアの攻撃をすべては捌ききれず、少なからぬダメージを負っていた。

「それでおしまいか? お二人さん、だいぶ鈍ってるようだな。あまりにも張り合いがないから、ちょっと頭冷やしてからかかってきな。もちろん、今から仲間になるっていうなら歓迎するが。」

ナイトメアは余裕の面持ちで二人に大刀の先を向ける。

「くそっ……俺にもっと力があれば、今すぐやつを止められるのに……」

「違うわ、正男。貴方に力がないんじゃない。あいつのスペックがおかしなことになってるのよ……」

クリスの表情に疲れの色が浮かび始める。正男は全身に切り傷を受け、息も絶え絶え。完全に勝負は決していた。二人の背姿はもはや儚く、ナイトメアの放つ絶対的な暗黒に飲み込まれそうであった。

しかし、どうも引っかかる点がある。正男はこの状況に違和感を感じていた。彼は妙なところで鋭いのである。

「二つ気になることがある。」

「こんな状況で何?」

「まず、この世界が始まって以来、そもそもあのレベルの魔法の使い手がいたか? そんな奴が過去にいたら、歴史に詳しくない俺でも知ってると思うんだが……」

それに関してはクリスも不審に思っていた。正男の言う通り、歴史上あんな化け物じみた力を持った人物は一人としていなかったのである。彼が数千年、数万年に一度の特異的な存在なのか?それとも……

「それに関してはあとでじっくり考えてみるわ。生きてたらね。で、もう一つは?」

「ふつうは救援がくるはずなんだけどな。」

そうなのだ。さっきからナイトメアと戦っているのは正男とクリスだけで、その他の防衛軍メンバーが全く加勢に現れないのである。防衛軍の建物内での異常検知システムはそれなりに充実しているので、ナイトメアの位置なんてとっくに判明しているはずである。それでいて誰も助けに来ないのはおかしい。

「まだ騒ぎの音は聞こえるから、基地の他のところでドンパチやってるのは間違いないと思うんだけどな……」

「ん、ナイトメアがここにいるなら他でドンパチやる必要はないんじゃないの?」

その瞬間、二人はほぼ同時に、考えうる最悪の可能性に思い至った。

「「……襲ってきたのがナイトメア一人だったらね。」」

*******

そう、襲撃してきた人間はナイトメアだけではない。敵は複数いたのだ。

場が混乱していて、敵が何人いるのかも分からない。死者は増していく一方。防衛軍がこれほどまでに苦しんだ戦いは過去になかった。

正男の弟の類次は、その若さと燃えるような怒りに身をゆだねて、目の前の敵を切りつけまくっていた。もちろん、すべて回避されている。敵は、容姿端麗ながら溌溂とした笑顔のかわいらしい女性だった。その背中におぞましい暗黒のオーラを放つ黒い羽が生えてはいるが。

「てめえが……てめえが首謀者か! ぶっ殺してやる……」

「アハハハハ。残念だけど違うわ~。私はリリスって呼ばれてるの。悪魔みたいな身なりだからね!」

類次は何かを察知し、瞬時に身をかわす。だが少し遅かった。シャツが破れ、背中に三本の傷が、赤黒く刻み付けられる。類次は痛みにうめいた。類次に襲い掛かったのは大きく、凶暴な鍵爪であった。あの鍵爪はどこから出てきた……? 突然のことに類次は動揺を隠せずにいる。リリスは笑顔のままだ。

「あなた、あの類次くんでしょ。はじめまして。あなた、今は粗削りだけど見どころあるわね~。私たちの計画に加担しない? ナイトメアも喜ぶと思うよ~。」

俺の事を知ってる……? それに、見どころがある……? 類次は何かを言いかけて、必死で飲み込んだ。

「……ナイトメアってのは誰なんだよ? 俺たち防衛軍はやつに用があるんだ。」

「俺たち防衛軍、なんて寂しい言い方しないでよ、類次く~ん。とっくに予想はついてると思うけど、ナイトメアって呼ばれてる人は、あなたとお兄さんがよ~く知ってるお友達。ナイトメアもあなたの事、昔からの友達だ~って言ってたよ。」

「やっぱりあいつだったか……いつの間に仲間をふやしてこんなことを……」

類次は唾をのみ込み、恐る恐る、禁断の質問を口にする。

「で、あいつは俺の事、どう思ってるんだ?」

「……とっても気に入ってるみたいだよ~。」

リリスは今までとちょっと違う種類の笑みを浮かべた。

*******

「さて、全体的に戦いは落ち着いてきたようだが、どうする? お二人さん。まだやるか?」

確かに、辺りは静かになりつつあった。窓の外では、救護班が辺りを警戒しながら活動をし始めていた。どうやら予想以上に大きな被害が出たようだ。正男はとても痛ましい気持ちになった。

ナイトメアは少し柔らかな物腰で、正男たちに語り掛ける。

「なあ、これでも俺はお前たちを認めてるし、今でも友達だと思ってる。仲間に加わらないか? きっと正しさを理解してくれると思うんだ。」

勿論、この語り掛けだって単なるやさしさではない。絶望的な状況の中で疲弊しきっている正男たちの心の隙に付け入ろうとしたのである。ナイトメアは絶大な力を持つのみならず、相手の心理を揺さぶる術にも長けていた。無論、それで折れるほど正男もクリスも愚かではない。

「……俺たちはお前の考えが理解できない。たくさんの人を傷つけて、この世に恐怖と悲しみをはびこらせて……そんなことをするやつを許しておくわけにはいかないんだ。」

「悲しむ人間たちも残らず殺せば "誰も悲しまない" んだけどな。」

ナイトメアはそれを素で言っているのである。

「魔法を使える者たちだけの、昔ながらの良い暮らしを取り戻す。俺が目指してるのはシンプルに、そういう理想世界をつくることだ。ただ、魔法を軽蔑し、欲と惰性と頑固さで世界に混乱をもたらす、いわゆる自称 "普通に生きてる" やつらが邪魔だったというだけの話だ。やつらはこの暗黒の力で屈服させるしかない。文字通り "邪魔だてができない" 状態にするしかないんだ。それで一番手っ取り早いのが殺戮なんだけど。」

正男もクリスも、憤る気力すら残っていなかった。

「ナイトメア~。こっちは大方終わったよ。他もみんな引き上げてるみたい。」

ナイトメアの背後から、背中から羽の生えた容姿端麗な女が現れ、何かを耳打ちする。

「……そうか、ご苦労。そろそろ帰ろうか。」

「は~い。」

女は正男とクリスの方を一瞥すると、僅かな笑みを浮かべ、羽を広げて飛び去った。

「さて、そろそろ俺も帰るとしようかな。お前たち二人に関しては、今回は説得できなかったが、ま、気が変わったら俺のところに来い。一緒に新しい世界の秩序を作ろう。」

突然、扉を開けて防衛軍兵士が現れ、銃口をナイトメアに向ける。しかし、すぐさまその兵士は血飛沫をあげて仆れた。ナイトメアが動いた様子は全く見られない。

「次逆らったらああいうふうになってもらうけどな。」

言い終わるや否や、見る見るうちにナイトメアは暗黒の靄に包み込まれ、その靄とともに一瞬で姿を消した。それは魔法のようで、あまりに理屈の通らない現象であった。

正男もクリスも無言でその場に立ち尽くし、窓の外の惨憺たる光景を、茫然と見つめることしかできなかった。

*******

戦いは終わった。悪が完全に勝利した。襲撃者は全員引き上げ、残されたのは夥しい数の犠牲者の亡骸だった。その中には、正男がよく知っている者もいた。正男は目に涙を浮かべながら一人一人の亡骸に手を合わせた。犠牲者の名前確認も完了し、その過程で、ナイトメアの一味は魔法を使わない人間をピンポイントで狙ったという胸糞悪い事実も明らかになった。

犠牲者の埋葬はその日のうちに行われた。残された防衛軍メンバーは彼らの魂の平安を祈り、長時間の黙祷をささげた。これから今以上の混乱が起こることを誰もが予感した。残された者たちは、ナイトメア一味を滅ぼさねばならないと感じつつも、どうすればよいのか分からない不安も抱いていた。

休む間もなく、情報確認と作戦立案のための会議が開かれた。今回現れた襲撃者は5人で、首謀者が例の「ナイトメア」、その他に、羽の生えた「リリス」という女、戟(げき)のような武器を持った銀髪の男、雷を象った杖を持つくすんだ金髪の男がいた。もう一人については、暗がりの中だったため誰も鮮明に姿を確認できなかった。

防衛軍は軍というよりは精鋭を集めた特殊部隊のような組織であり、あまり規模の大きな組織ではない。そのため、今回の襲撃があまりにも大きなダメージとなり、大規模な出動命令を出せないレベルにまで組織体力が低下していたのである。結局、この会議では積極的な出撃命令を出すには至らず、暫くは被害者やその家族の保護、けが人の治療、そして防衛に専念することとなった。

ただし、グレッグ隊長という者の強い提案により、ナイトメア一味の居所を調査するための部隊が作られ、即座に人員配置が行われた。完全に守りに徹するだけでは被害は増すばかりだし、かといって攻める手がかりもないため、斥候を出して可能な限り多くの情報を集めようという構えである。

*******

正男は落ち着かない様子で荷物をまとめる。彼は自らナイトメア一味を探索する任務を志願した。だが、彼が一刻も早く準備を終えて防衛軍基地を出ようとしている理由は他にもあった。

「類次が見当たらない。」

会議が始まる前、正男は狼狽しながらクリスにそう伝えた。犠牲者の中にも、けが人の中にも彼の名はない。それに、戦いが終わった後に彼の姿を目撃した者がいたらしいのである。つまり、類次は生きている。それなのに基地の中にいないとなると、出ていったとしか考えられない。

「今回の事がよほどショックだったのかな……? それで、もう嫌になって出ていったとか……」

クリスは冷静を装いつつ少しうろたえているようだった。正男と同じくらいか、それ以上には類次の事を心配しているのだろう。今日のクリスは正男にとっていつもと違う雰囲気をまとっているように見えた。正男の独りよがりな感じ方ではあるが、今日のクリスはなんだか柔らかいというか、人間味があるというか、言ってしまえば恋人の帰りを待つ一人の女性といった感じがした。そんなわけで正男はなんとなく弟に嫉妬した。もちろん、それよりも心配する気持ちの方が大きくはあったが。

いろいろな気持ちが渦巻くのを抑えきれないまま、正男は会議に参加し、グレッグ隊長の提案に自ら志願したのであった。任務の傍ら、類次を探しに行きたい旨もきちんと述べ、全会一致で承認された。正男自身は単独行動を志願したが、グレッグから身の危険を案じられ、複数人から成る正男チームが編成されることになった。

正男のチームに志願した者の中にはクリスもいた。自分についてきてくれるのか、それともただ類次のためなのか、正男の気持ちはますます複雑になるばかりであった。そもそも、類次だって単に気持ちを静めるためにふらりと長めの散歩に出ただけという可能性もあるし、本当にそうだったらブン殴ってやりたいとさえ正男は思っていた。心配かけるなよ、という兄ゆえの気持ちなのか、それとも……? 正男は自分の気持ちすらよく分からなくなるのだった。

そういった経緯があって、正男はせわしなく出動準備をしている。行先オーケー、武器よし、身の回りよし。 ―さっさとカタがつかないかな。

そんな正男の様子を、上司のカルロスはやや呆れながら眺めていた。カルロスも、正男チームの一員として行動を共にするうちの一人だ。

「おいおい、まだ準備することがあるのか? ほぼ終わってるだろうが。普段の訓練からそのくらいキビキビ動いてくれよ。」

「ハァ……。冗談お好きですね、カルロスさん。こちとらそんな気分じゃないんですよ。」

防衛軍が結成して以来、カルロスはフランクな上司として、正男は少々怠け者の部下として、度々行動を共にした間柄であった。魔法のみで戦わせようとすると、カルロスは非常に弱い部類にあたる。しかし、彼は銃器の扱いに長けているという強みがあった。彼はそれを足掛かりにし、並外れた努力と度重なる実戦経験で着実に力をつけ、戦闘のプロとしての実績と信頼を勝ち取ったのであった。そんな戦士としての側面が強い彼だが、意外にも統率の能力があることをグレッグから見込まれ、今ではリーダーを任されて第一線で活躍することが多い。

「しかし本当に、いつものお前らしからぬ難しい顔してるな。いつもは、やれ訓練疲れただの、やれ面倒だの、腹減っただの、単細胞人間だろうが。気になる女でもできたか?」

正男は何も言わず、黙々と無意味な手荷物確認を続けていたので、カルロスはそれ以上何も言わなかった。しばしの時が流れたが、やがて正男がおもむろに口を開く。

「……類次はもう防衛軍が嫌になって、出ていったんでしょうか……? 兄に何も言わずに……」

「それはないだろ。そうだとしても、少なくともお前には何かしら言うんじゃないか。」

だが類次が以前、防衛軍の行動の遅さにいらだっていたことを、正男はよく知っている。そこに今回の件が加わって、完全に見切りをつけたのかもしれない……。十分にあり得る話だ。

「やつは正義感が強いが、なんだかんだで兄と一緒じゃないと落ち着かない性格と見ている。要は甘えんぼだ。間違いない、やつは必ず戻ってくるさ。」

「戻ってくるといいんですがねえ……」

カルロスは正男だけでなく類次の事もよく見ている。それゆえ正男は、カルロスの言葉の説得力に少し励まされはした。だが、やはりもう戻ってこないのではないかという不安はぬぐえない。兄の目の届かないどこかに行ってしまうのではないか……? クリスを連れて。

正男はこの不安が現実のものとならないことを祈るしかなかった。そして、一刻も早く類次を探し出さねばならないと強く心に誓った。

*******

こうして、ナイトメア一味の残虐行為を止めるため、防衛軍の精いっぱいの作戦が開始された。精鋭から成る複数のチームが各地に散らばり、ナイトメア一味の活動の手がかりをつかむべく、孤独な情報収集を開始したのだった。

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