story0-2 友の変貌

ひどく蒸し暑い夜だった。防衛軍の就寝時刻はとっくに過ぎていたが、宿舎の空調が良くないので、眠れない者たちがなんとなく集まってきて、さまざまな話をするのだった。とくに正男兄弟は毎晩のように心のうちを語らっていた。その内容はといえば、近頃であれば誰もが恐れるあの一連の事件のことが主だった。

「昨日ので何人になる?」

「もう数えるのもしんどくなってきたよ。」

「しかしイライラするな、うちの連中の行動の遅さには。兄さんもそう思うだろ?」

弟の類次(るいじ)は苛立ち収まらぬ様子だった。正男はうつむき加減で、

「行動はしてるんだがなあ。だけど全てあてが外れてる。やつが速すぎるせいだ。」

当然、防衛軍も「ナイトメア」の事を知らない訳ではなく、日々血眼になりながら彼を捜索している。しかしどこに行っても彼の姿すら確認できず、ただただ彼の残虐行為のあとを目の当たりにし、暗澹たる気分になるだけであった。

「軍規さえなければ、俺一人で行ってひっ捕らえてやるんだがなあ!」

「あのな類次、気持ちだけで言えば俺も同じだよ。だけどな、やつを甘く見ると痛い目にあうことくらい簡単に想像つくだろ。みんな勝手に突っ込むだけだったら、すぐに全滅する。今こそチームで戦う時なんだ。」

正男は類次の苛立ちを危険なものだと感じていた。というのも、類似の苛立ちが、人々が悲劇にあっていることではなく、むしろ己の力で事態を変えられない無力感に向けられていることに気づいていたからだった。ただ、弟の気分を害するのは嫌だったので、直接は伝えられずにいた。

「くっ……今に見てろよ、ナイトメアめ!」

正男も類次も、ナイトメアの事は昔から知っている。少年期は友達としてよく一緒に遊んだ。魔法の腕を競い合うと、だいたいナイトメアが一番になった。ナイトメアは優しい男だったが、何を考えているかよく分からないところもあり、仲間からは何となく恐れられた。例えば、ある友人の誕生日を祝った時、ナイトメアは袋いっぱいの害虫の死体を持ってきて一同を驚愕させた。友人は困惑し、まだ幼かった類次は泣き叫んだ。ナイトメアは理由を聞かれて、いつも通りの優しい表情で、自分なりの恩返しだと述べた。その友人の家は畑を持っていたのだが、いくら対処をしても毎度のように害虫が湧き出ていたので、だいぶ頭を悩ませていた。ナイトメアはそのことを知っていたく悲しみ、深夜になると畑に繰り出して害虫を殺して回った。そして、誕生日の席で殺した虫たちを見せしめにすることで、「どんな困難が起きても僕の力で悪の根源を取り除いて、君を安心させてあげる」という、彼なりの力強いバースデー・メッセージを送ったのだった。そんなことが度々あったので、今回の事件の犯人である「ナイトメア」が彼だということは、正男も類次もなんとなくわかっていた。

「類次。ナイトメアがやつだとしたら、俺たちが倒さないといけない。やつの魔法の癖と性格を知ってるのは、友達である俺たちだけだ。責任を持ってやつを止めよう。」

「じゃあいますぐ防衛軍を抜け出して、俺たちが止めに行けばいいじゃないか。昔遊んだ奴らも交えてさ。それだって立派なチーム戦だろ。防衛軍なんかよりよっぽどうまくやれると思うけどな。」

「うーむ……」

そう上手くいくもんか。必ず大きな犠牲を伴う。そう思えてしまって、正男はどうしても慎重になってしまうのだった。それ以上言葉を交わすことなく、やがて二人は眠りについた。

それからしばらくたったある晩、正男たちは突然の怒号で目を覚ました。

「敵襲だ!兵舎が襲われているぞ!」

警報の音がけたたましく鳴り響く。外を見ても分かりやすい敵の姿はない。それに今はなんといっても、真夜中だ。誰の目から見ても、「やつ」がやってきたことは明らかであった。類次は勇み立って愛用の刀を取り、真っ先に飛び出していった。一方の正男は備えをしつつも、半信半疑の面持ちであった。

「ナイトメアともあろうものが、こんな無謀なことをするか?単身で防衛軍本拠地に乗り込んでくるのは、いくらなんでも多勢に無勢だと思うんだが……」

正男が部屋の外に出ようと扉を開けると、人影があった。嫌な予感がして顔を上げる。「やつ」が立っていた。顔面蒼白で、それでいて優しい瞳をしている――

「久しぶり。」

突然の斬撃が正男に襲い掛かる。とっさに剣で受けるが、体勢を整えるのが間に合わず、後ろに吹き飛ばされた。「やつ」は余裕の面持ちで、邪悪な大刀の刃先を正男に向けた。

「流石の反射神経だな。よく防いだ。だが凡人の域は出ていない。」

正男はすぐさま体勢を立て直し、剣を構える。ふと辺りをみると、仲間の戦士たちが朱に染まって仆れていた。彼らは魔法を使えないけれど、つねに正男と行動を共にし、力を合わせてあまたの小競り合いを解決してきた仲間たちだ。正男はショックと悲しみを必死でこらえるしかなかった。

「ナイトメアはやっぱりお前だったのか。」

「再会を喜んでくれるか?」

「こんなふざけたこと、今すぐやめろ。」

「それは無理な話だ。」

お互い飛びかかり、剣と大刀が激しく打ち合う。決着つかず、両者少し身を引く。

「世の中に怒りや悲しみが絶えないのは、いわゆる普通の人間たちが馴れ合って欺瞞を働くからだ。あいつらは目先の利益のみに従って行動し、正しい者たちが培ってきた安定と調和を幾度となく台無しにしてきた。今ここで奴らを滅ぼさないとこの世界に未来はないんだ。わかるか?」

ナイトメアは貼りついたような笑みを崩さぬまま、仆れた兵士の体を蹴り飛ばした。

「くだらん武器を使う害虫どもだ。駆除に手間取るじゃないか。」

「やめろ!!」

正男の両目からはただただ涙がドバドバと流れていた。救いようのない現実、次々と殺され虫けらのように扱われる仲間、そしてかつての友の変貌ぶりへの怒り、恐怖、悲しみ……あらゆる感情がどっと押し寄せてきた。

「正男、俺はべつにお前を殺しに来たわけじゃない。端的に言えば、俺の計画を手伝ってほしいんだ。くさりきった普通の人間ほど心が弱いから、だいたい闇の魔法で一撃で殺せることがわかってきた。つまり闇こそが世界を正しい方向に導く鍵なんだ。俺はこの世界に闇の支配を実現し、文明を浄化する。そうしたら昔みたいに勝手気ままに遊ぼうじゃないか。」

「お前が何言ってんのか、全然理解できねえよ……」

「泣いてる場合じゃねえんだよこの野郎!」

ナイトメアの笑顔が反転し、突然の恫喝。正男は恐れのあまり体に力が入らず、剣を落とし、へたりこんでしまう。邪悪なやり方で人の心までも揺さぶる、ナイトメアとはまさに悪魔そのものであった。正男の喉元に刃があてられる。

「俺の計画に参加するか今すぐ決めろ。拒否すれば殺す。」

正男は、ただただ震えるだけであった。そこに突然、落ち着いた女性の声がした。

「答えは”ノー”よ。」

ほんの一瞬だけだったが、白い閃光があたりを包み込んだ。ナイトメアがわずかにひるんだすきに、正男は我に返り、剣を構え直した。

「クリス……いいところに来てくれた。」

「これはこれは、面倒なやつが来たな。」

「さっさと出ていってもらえる?ナイトメア。」

クリスは正男兄弟の幼馴染で、ナイトメアとも面識がある。子供の頃はみんなでよく一緒に遊んだ。この世界の子供たちは時代を問わず、魔法を使った決闘ごっこを好む。クリスも例外ではなく、正男たちと一緒になって決闘ごっこに興じていた。彼女の魔法のセンスは驚くべきもので、変幻自在の攻撃を駆使し、たびたびナイトメアをも打ち負かすことがあった。そんなクリスだったが、10代の半ばに差し掛かった或る日、魔法や科学について腰を据えて学ぶことに目覚めた。以後、彼女は決闘ごっこに興じるのをやめ、光の魔法で書物を照らしながら夜遅くまで読みふける生活になっていった。そうして並々ならぬ知恵を身に着けたクリスは、防衛軍に入る頃には、落ち着いた大人の魅力あふれる女性へと成長していた。正男はそんな彼女に対して、いつしか友達以上の気持ちを抱くようになっていた。

「光は闇と永遠に相容れない存在。扱いも厄介だし、せめて俺の計画の邪魔だてはしてほしくないんだが。どうかな?」

「もちろん、あなたの計画は止めさせてもらうわ。」

「……では致し方あるまい。二度と口をきけないようにしてやる。」

ナイトメアは二人をにらみつけ、戦闘態勢に入った。

「正男、私がサポートに回る。魔法の使い過ぎは気にしないで、思う存分に攻撃して。」

「よろしく頼む……ナイトメア、覚悟しろ!」

いま、因縁の戦いの火ぶたが切って落とされた。

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