story0-1 悪夢の芽生え

我々人間は、実に多くの事を知っている。当然、知らないことがまだ沢山あるということだって、十分に知っている。それなのに、我々は、我々が生きているこの世界こそが全てであるという考え方をしてしまう。本当は、我々のあずかり知らぬところに、全く異なる世界が同時に存在しているかもしれないのに。

我々の知っている世界とは一度として交わることのないとある世界がある。我々がその世界を知ることは一生ないであろう。しかし、我々は日々の体験や学びにもとづき、不完全ながらもその世界の事を想像することができる。「その世界」というものがいつ・どこに存在するのかはわからないけれど、そこでは確かにひとが暮らしていて、日々の喜びや悲しみをわかちあったりする。何かをきっかけに、ひとが集まってグループになり、やがては組織になり、協力したかと思えば争いあったりもしている。拍子抜けするかもしれないが、「その世界」は我々の知っている世界とほぼ同じ原理原則で動いているという事を、まずお断りしておく。

「その世界」が我々の世界と決定的に違うのは、「魔法」が存在することである。我々は魔法などというものは存在しないと考えているが、「その世界」には魔法としか形容しようがない不思議な現象があたりまえのように存在する。たとえば、ある人は念じるだけで食べ物を煮炊きするための炎を起こすことができ、またある人は電撃を発生させて生き物を狩ることが出来た。世界がはじまった頃からこのような調子だったので、社会が発展すればするほど魔法は強く深く根付き、あたりまえで欠かせないものとなった。

さて、ここからが本題となる。

「その世界」における最大の問題は、魔法を使えるひとと、そうでないひとが明確に分かれていたことであった。お互いに分かり合えないことがあまりに多すぎて、魔法が原因の争いごとが多発し、熾烈を極めた。それではまずいということで、社会の発展とともに争いをけん制しようという仕組みも生まれてきた。そのおかげで、世界全体ではあまり大きな争いは起こらなくなってきた。だが、それで魔法にまつわる溝が完璧に埋まったわけではない。いま、排他的・破壊的な思想を共有する者たちが現れ、全世界を混乱の渦に巻き込もうとしていた—

この物語は、「その世界」において、不安と恐怖の種が芽生え始めていた時代の物語である。

正しく、まっすぐな心を持った一人の若き魔法戦士がいた。ここでは彼のことを「正男」と呼ぼう。正男は魔法使いとしては平凡だったが、とある小競り合いを解決に導いたことで称賛されていた。彼はいま「防衛軍」という組織にいて、ひとびとの安心と安全を守るために、魔法の力を駆使して悪人を懲らしめたり、小競り合いを解決したりと、忙しい日々を送っているのだった。

正男には旧い友人がいた。彼もまた正しく、まっすぐな心を持っていた。彼は魔法の使い方にとてつもなく秀でていた。そのような血統に生まれたのである。魔法使いからは一目置かれていたが、魔法を使えない「普通」のひとびとからの羨望や偏見も甚だしかった。ある日、彼の一族はことごとく殺された。とある事件の罪をでっちあげられ、罪もないのに「普通」の集団によって処刑されたのだ。彼だけアリバイがなく、釈放されたが、彼の姉や幼い妹・弟は皆処刑され死んでしまった。彼は一人ぼっちで、悲しみの底に沈んでいた。しかし、彼は正しく、まっすぐな心を持っていたので、一族の事だけではなく、世界のために悲しんだ。彼の悲しそうな瞳は身内の悲劇よりも、むしろ世界の腐敗に向けられていたのだった。やがて彼は、思想なく、排他的で、事なかれ主義の「普通」の人々こそ、世界を誤った方向に導くのだと考えるようになった。そして、誰もが彼と彼の身に起こった悲劇の事を忘れかけていた頃、彼は忽然と姿を消した。

世界が平和になった頃、彼は突然戻ってきた。顔面は蒼白で人間離れしていた。「暗黒」としか形容しようのない、この世にあってはならない、目も当てられない何かを身にまとっていた。そのくせ、優しそうな表情と、悲しそうな瞳だけは全く変わっていなかった。そんな彼は「普通」のひとびとを見つけるたび、殺した。いたるところで毎晩のように悲鳴と泣き声が響き渡った。しかし声を上げると気づかれるので、やがて皆沈黙するようになった。夜は救いのない沈黙に覆われた。誰もこの神出鬼没の悪魔に立ち向かうことができなかった。

暗黒の時代がやってきた。人々は恐れおののき、彼の事を「悪夢(ナイトメア)」と呼んだ。

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